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3月11日 4話 震災の中での体験

ご存じのとおり、3月11日、東日本大震災が起こりました。

僕は、ちょうど東京にいて、震度5強の地震を体験しました。

ここで、あの日感じたことをそのまま日記に書きます。

東京は、震源地に近い岩手や福島に比べると、揺れは小さく、

それでも、震度5強ですが。

ただ、震度5強でも、東京は混乱し、公共交通はとまり、電話はつながらない。帰宅する人で歩道は埋め尽くされ、車道も渋滞・・・。少し大きめのスーツケースを抱えていた僕にとっては、とても移動がしにくい状態でした。

さらに、コンビニのおにぎりやパンは、夕方には品薄の状態。

感じたことは、震度5強でも、この混乱。もっと震源地が近くて、地震が大きかったら、どうなるのか。

大都会の弱さを感じました。

そして、将来が不安になりました。

東京駅に向け、歩を進めると、ますますこの状況は悪化。帰宅する人が波のように多くなりました。

この状況で、自転車で強引に進めようとする人もいて、むかつきました。

日も落ち始めると、まだまだ寒く。ビル風も強く。

ただ、東京駅構内には、自由に出入りができ、駅構内は、人が集まってきていたこともあって、暖かった。これで寒さはしのげると思いました。

その後、僕は運がいいことに、夜8時ころから数本再開された新幹線で名古屋に帰ることができました。

もちろん、新幹線のなかは、人が多く、名古屋までたっていましたが、そんな中で、人の助け合い、暖かさを感じる一面がありました。

乗車した新幹線が、そろそろ出発するという時、

車椅子のかたが乗車されました。みんな、スペースを空けようと、もっと奥に入ってくださいと言いながら、スペース確保に協力してました。

それから、子供づれのかたは優先的に座らせてあげたり、通路でたっている人の荷物を座席の前において、一人でも多くのひとが乗れるよう、声をかけていました。

新横浜まで1時間以上がかかり、そこを過ぎたあたりから、座っていた人が、入れ替わりで立っている人と変わってあげる光景もありました。

車内担当の女性の駅員さんは、たくさんの人に対応に追われ、何度も何度も行き来し、状況報告とおわびを繰り返してました。本当に大変だったと思います。僕は名古屋で降りれますが、あの駅員さんは、岡山までまだまだ長い道のりをお客さん対応に走り回ったことと思います。

けど、名古屋で降りるほとんどの人が、降りるときに駅員さんに「もう少し頑張ってください」「ありがとう」の一言をかけていました。

今、その時のことを思い返しても、心温まります。

今でもニュースを見れば、救済、義援金、現地での人と人との助け合い・・・、たくさん報道されています。だけど、やっぱり、目の前でみるのと、テレビを通してみるのでは違います。

残念ながら。

震災地の人たちの苦労、心の痛み、どうしようもない状況、、、それに比べてたら、僕が11日にあった出来事はちっちゃなちっちゃなことだったかもしれません。

それでも、すごく心に刻まれた体験でした。

岐阜にいて、できること。震災地から離れたこの地で、やれることなんて、なかなかねと言っていては、始まりません。

少しでも役立つ行動に移せるよう日々思いながら、行動しながら過ごしていきたいと思います。

(develop)